2021稲門祭パンフレット
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早稲田大学の歴史「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」の三大教旨の下、歩み続けてきた早稲田大学。いつの時代も変わらず受け継がれてきた早稲田スピリットが、歴史から見えてきます。18821882((明治15明治15))年年 1884(明治17)年 1885(明治18)年 1886(明治19)年 1890(明治23)年 1899(明治32)年 1900(明治33)年 1902(明治35)年 1903(明治36)年 高等師範部設置。1904(明治37)年 1907(明治40)年 68 稲門祭&ホームカミングデー大隈重信は、念願だった「学問の独立」を標榜する早稲田大学の前身・東京専門学校を創立。1881(明治14)年の政変で大隈と共に下野した小野梓は、立憲改進党の結成や東京専門学校の創立に精魂を傾け、開校式にて「学問の独立」の精神を宣言。校友会発会式。講義録発行。最初の校友会会員名簿頒布。文学科設置。清国から初の留学生入学。初の海外留学生2人をドイツに派遣。早稲田大学と改称。大学部と専門部を新設し、大学部に政治経済学科、法学科、文学科を設置。図書館開館。専門学校令による大学となる。大学部に商科設置。東京専門学校第1回卒業証書授与式当日。卒業生は12人だった。早慶野球戦開始。早稲田大学からの挑戦状により実現。第1回早慶野球戦両軍出場選手たち。大隈重信総長、高田早苗学長が就任。校歌制定。創立25周年式典では大隈重信が演説。1909(明治42)年 1913(大正2)年 大学部に理工科(機械学科・電気学科)を設置。創立30周年記念式典。教旨(学問の独立、学問の活用、模範国民の造就)、校旗、教職員の式服・式帽制定。1920(大正9)年 大学令による大学となり、政治経済学部、法学部、文学部、商学部、理工学部と大学院設置。早稲田高等学院設置。1921(大正10)年 1922(大正11)年 聴講生として初の女性12人が入学。大隈重信死去(国民葬)。早慶ラグビー定期戦開始。物理学者アルバート・アインシュタイン氏来校。1927(昭和2)年 横山大観氏、下村観山氏による『明暗』完成披露。大隈講堂落成。創立45周年記念式典挙行。1928(昭和3)年 1931(昭和6)年 1932(昭和7)年 坪内博士記念演劇博物館開館。応援歌『紺碧の空』誕生。1939(昭和14)年 1949(昭和24)年 女性4人が初めて学部へ入学。新制早稲田大学設立。11学部(第一・第二政治経済学部、第一・第二法学部、第一・第二文学部、教育学部、第一・第二商学部、第一・第二理工学部)設置。新制早稲田大学大学院6研究科(修士課程)設置。1951(昭和26)年 1954(昭和29)年 1957(昭和32)年 1960(昭和35)年 南門筋向かいに学生会館落成。記念会堂落成。創立75周年記念式典挙行。東京六大学野球秋季リーグ戦、優勝決定戦において早慶6連戦という記録を作った。20回目の優勝を果たす。創立30周年記念式典での大隈重信(右)、高田早苗(中央)たち。制定されたばかりの式服・式帽姿。創立50周年記念式典の前日に、ガウン姿の大隈重信、高田早苗の銅像除幕式が行われた。

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