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早稲田バカ

わせだばか[早稲田バカ]〔俗〕早稲田大学が好きで好きでたまらない人。「自他ともに認める―」[!]敬意や愛情を込めた表現として使う。
 
早稲田が好きで好きでたまらない人たち。
少しねたましくなるほどの甚だしい早稲田への愛は、
どのようにして生まれ、どのようにして育まれたのか。
『早稲田学報』が選んだ「早稲田バカ」たちのそれぞれのいちずな愛の形を紹介する。

死ぬときは早稲田で。

室井 滋

早稲田に在学中から自主映画で活躍するようになり、映画、演劇にとどまらずエッセイ・絵本原作など幅広い才能を現している室井滋さん。自らを育ててくれた早稲田と早稲田の街を愛し、「第2のふるさと」と呼ぶ。

「自主映画の女王」となった学生時代

 室井滋さんは社会科学部に入学すると、旧安部球場(現中央図書館)の近くにあったアパートで学生生活をスタートさせた。
「大学のすぐそばで、道路を渡れば学食があって便利だったけど、同級生のたまり場になっちゃってね」
 4畳半から8畳へといったように徐々にグレードアップしながら、室井さんは30歳近くまで早稲田界隈を転々とした。
 「富山にいた父も早稲田の仏文の出身で、本業の傍らずっと小説家への夢を追っていました。そういう父ですから、私が映画や演劇を見ることに理解があり、高校時代にはチケットの半券をノートに貼り、感想文を書いて渡すと、チケット代を払ってくれていました。私が早稲田に入ったのも、俳優になったのも、文章を書くようになったのも、父の影響が大きいかもしれませんね」
 室井さんは、入学後すぐに「七転舎」という演劇サークルに入って芝居を始める。部員が少なくて、いきなり主役として初舞台に立つことになったが、そこで「シネマ研究会」の部員にスカウトされて自主制作映画にも出演するようになってゆく。山川直人とをはじめ、長崎俊一、石井聰亙、阪本順治など、多くの映画監督の自主制作映画に出演し、いつしか「自主映画の女王」と呼ばれるようになる。そして、在学中に『風の歌を聴け』(大森一樹監督)で劇場映画デビューも果たす。
 「それでも、果たして俳優としてやっていけるのか不安だったけど、相談できる人もいなくて。サークルの先輩といっても、せいぜい数歳年上で、人生経験も私と大差ないので当てになりませんし。一人っ子で、両親が離婚して父に育てられたので、家族も父と祖母しかいませんでした。その父も私が大学4年生の時に亡くなってしまい、頼れる人が誰もいなかったんです」
 そんな室井さんの相談相手となってくれたのは早稲田の街の人たちだった。

自主製作映画のロケーションに雪国へ出かけた時のショット。「今より10kg以上痩せてました」とのこと

早稲田の街と大学にかわいがられ、育てられる

室井さんが「いつの間にか商店会に後援会が出来ていた」と話すように、早稲田の街の人たちはおせっかいといえるほど面倒見がよく、心から室井さんを応援した。グランド坂下にあったおにぎり屋さん「みづ乃」、大隈通りにあった美容院「ふれあい」、都電早稲田停留所近くにあった喫茶店「ハバナ」など、今はなくなってしまったところも多いが、グランド坂下にある「サウンドショップ ニッポー」のお母さんやお姉さんとは今でも連絡を取り合い訪ねる仲だ。CDの販売店ながら、室井さんのサイン入り著書も販売している。また、室井さんが暮らした早稲田の街のアパートやマンションの多くは、早稲田の北門横にある「筑波商事」に仲介してもらったものだ。
「早稲田で最後に住んだ目白台の古いマンションも、『入居した人は出世しているから、室井さんもここにしなさい』と、筑波商事のおばさんにすすめられ、家賃は予算オーバーだったんですが、思い切って借りたものでした。そのマンションを出る時には、出世したかどうかは分からないけど、俳優として独り立ちできていたので、おばさんのすすめに従ってよかったことになりますね」
 そして、早稲田の街を離れて久しい今でも、かつて暮らしていたアパートやマンションを訪れたりすることがあるという。
「どんな人が暮らしているのかなと想像しながら、早稲田の街でボンヤリと過ごす時間が好きで、つい寄っちゃうんですよね。大学も含めて、早稲田の街にかわいがられて、育てられたという思いが強く、ここで過ごした濃密な時間が懐かしい。とても安らぐのでしょっちゅう来ちゃうんですよね」
 映画や演劇のサークル活動でも早稲田の街に助けられた。
「自主映画の制作では、早稲田の街のあちこちでロケ場所や小道具類を借りました。椿山荘も『早稲田の学生なら』と、撮影を許してくれました。よく許してくれたと今でも思います。馬場下町にあったミニシアターでは、出来上がった映画の上映会やトークショーを開催させてもらったし、シネマ研究会の部員が代々アルバイトをしていた喫茶店や、演劇の仲間と安く飲ませてもらっていたおでん屋さんもありましたね。こうした経験は私たちだけでなく、他のサークルの学生にもあったでしょうし、それこそ今の学生にもなじみの店や人はたくさんあるんでしょうね」

早稲田と早稲田の街によって子どもから大人になる学生

室井さんは早稲田を「第2のふるさと」と呼ぶ。
「早稲田の学生証はお守りのようなもので、保護者のいない私は、これさえあれば安心できる、何とかなると思っていました。学生は早稲田の街と大学から栄養分を吸収して、子どもから大人になり、それからの人生に培ったものを生かしていくという感じかな」
 社会科学部に在籍していた時の萩野浩基先生の「行政と福祉」のゼミ仲間とは、卒業後にも毎年のように一緒に旅行するぐらい仲がよく、今も早稲田の街でよく会うそうだ。
「ゼミの仲間に限らず、映画や芝居の仲間とは、理由はさまざまですが、月に1回ぐらいは早稲田で会うかな。他の場所で会っていても、『早稲田にしない?』となりますね」
 俳優とエッセイストの基本は早稲田に教えてもらったと話す室井さん。
「死ぬときは、実家と思っている早稲田の街で」と思っている。

むろい・しげる/俳優・エッセイスト。富山県生まれ。早稲田大学社会科学部中退。
映画『居酒屋ゆうれい』『のど自慢』などで多くの映画賞を受賞。全国東宝系にて2022年10月7日公開『七人の秘書THEMOVIE』に出演。新刊絵本『しげちゃんのはつこい』『会いたくて会いたくて』、近刊エッセイ『ヤットコスットコ女旅』他著書多数。

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