- 知る
人は変われど変わらぬ酒場
1965(昭和40)年創業
いこい
親子2代で絶品のモツを極めたこの店は、来年還暦を迎える。
その味に魅せられた人たちにとって、心と体を休め、元気を取り戻す憩いの場だ。
2代目は材料がそろえばメニューにないパスタなどもこしらえ、料理の腕前を披露してくれる。
住 所/東京都新宿区高田馬場2-1-5
電 話/03-3200-4439
営 業/17:00~23:00
休業日/ 土・日・月(予約があれば土・日も営業)
いこい
馬場口交差点近くの路地を入った所に、昭和40年創業の「いこい」はある。ここはモツの専門店で、しっかり食べて元気になりたい時には、ぜひとも足を運んでみたい名店だ。
なにしろ、潔い店なのだ。そのメニューを見ると、「塩焼き」にはレバー、ウテルス(コブクロ)、ツンゲ(タン)、ヘルツ(ハツ)の4種があり、「一品料理」の欄に目を転じると、モツ煮込み、ネギ塩ホルモン、レバーとダルム(シロ)のみそ炒め、豚ハラミ、豚耳、豚足、豚こめかみ(カシラ)焼肉など、臓物系の料理に埋め尽くされている。
ほかに、野菜炒めやピータン、卵焼きなどもあるにはあるが、メニューを一通り眺めただけで、よし、本日はモツの夜だと決心させられる。
ご主人の平塚良一さんは昭和46年生まれの53歳。店はご両親が営み、平塚さん自身はフレンチやイタリアンなど洋食系の仕事をしていたが、平成7年、平塚さんが24歳の時に母親が倒れ、急きょ家業に加わることになった。
それから12~13年ほど、平塚さんは先代のご主人と一緒に店に立ったという。
「モツの品定めも仕入れも父に教わりました。今も、ここと決めている臓物の専門業者に出向いて、自分の目で見て決めています。最近は、豚の臓物は生で出せなくなって残念ですが、市場に出る量も減っていて、日によって手に入らない部位もあるんですよ」
モツというと、辛めのみそだれに漬け込んだものを鉄網の上でチリチリと焼くイメージがあるが、こちらのモツは、基本的に塩炒めである。
フライパンでモツを丁寧に炒め、器に盛ったら細かく刻んだネギ、ニラをのせ、おろしニンニクもたっぷり。仕上げは、化学調味料をほんの少しとゴマ油、ポン酢としょうゆを回しかけて完成だ。
きれいに仕上がった皿に箸を突っ込み、かき混ぜ、ネギ、ニラ、ニンニク、ゴマ油、ポン酢の風味を一体化させたところで口に運べば、それはもう、鮮度のいいモツそのものの歯応えを、脇役たちがさまざまな角度からもり立てる複雑にしてシンプルな、絶品のモツ焼きになるのである。
しかも、レバー、ウテルス、ツンゲ、ヘルツどれをとっても一皿500円。まさに、破格というものである。
「昔からうちには早稲田の運動部、特に剣道部とボクシング部、あと警察の方も見えていて、早稲田と警視庁を合わせるとお客さんの半分ぐらいが剣道関係者です」
剣道でたっぷり汗をかいた後、冷たいビールとうまいモツで体をよみがえらせる。ああ、最高なんだろうな。剣道の厳しさを知らない身でも容易に想像がつく。
折しも、居合わせた客が早大剣道部出身のビジネスマンだった。在学中は先輩に連れてこられたが、今は、週に2回、卒業生も参加する稽古会の後に来るという。
「青春時代を過ごした場所に帰って後輩たちと稽古をし、風呂に入り、帰り道にここへ寄って飲んで食べて話をする。こんなに幸せなことはありません。卒業生にとっても、日々の力になっていると思います」
いい話だ。ホクホクとしたレバーがいよいようまい。ツンゲを食べては、これほどのネタのよさと絶妙な焼き加減はないと感服し、ウテルスをかめば、じわりと口中に広がるニラとニンニクとポン酢の相性に心奪われる。
こうなると、焼酎とレモンソーダをテーブルにもらって自ら作るレモンサワーが、何杯もスルスルと入っていき、飲むほどに、酔うほどに痛快な気分になってくる。
とどめは煮込みだ。これほどうまい臓物をそろえた店で、グツグツと時間をかけて仕込んだ究極の煮込み。その滋味をゆっくり味わい、体中にしみ込ませる心持ちで、レモンサワーをもう1杯。すっかりいい気分で店を出て、ふと思う。こんなにうまい店があったのかと。
美しい豚のレバーに包丁を入れると音がするかのようにスパッと切れる。生きがいい、プリプリのレバーが食欲をそそる。
お通しはおしんこだ。塩漬けのキャベツとキュウリはシャキシャキと心地いいかみ応え。小皿に山盛りという気前のよさがまたうれしい。
常連さんの名前が書かれた、キンミヤ焼酎のキープボトル。割りものにはレモンソーダのほかに、ホッピーやバイスなどもある。
コリっとしているのにかめば溶けるような絶妙な焼き具合のツンゲ(タン)。うまい豚タンは数々あれど、この食べ方が最高だと思わせる。
この小さな憩いの場で、先輩から後輩へ、さまざまなことが受け継がれた。ニンニクの匂いをプンプンさせながら帰る気分もまた格別。
取材・文=大竹 聡(1987年文学) 撮影=布川航太
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